8月 17 2014
■マンダレー基本情報 ミャンマーのほぼ中心に位置する古都。 1885年にイギスに占領されるまで、ミャンマー最後の王都として栄えた。
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早朝6:00、マンダレーに到着。
いつもの様に、今いる場所、バスターミナルが街のどのへんなのか一向にわからない。
この辺りはバイクタクシーが多い。 朝食を食べながら、バイクタクシーの運ちゃんの一人に話を色々聞き、とりあえずダウンタウンにあるの宿の目星をつけて乗って行く。
ホテルはガーデンホテルと言い、旧王宮のエリアのちょい西にあった。
フロントでバガン行きのフェリーチケットの手配もできた。明日の早朝出発のもので40USD。
とりあえずチェックインして休憩し、9:30に再スタート。 先ほどのバイクタクシーの運ちゃんをチャーター。
運ちゃんによると、マンダレーは旧王宮が有るがそれ自体も面白くなく、その他も見どころは少ないようだ。 まずは一番の見所といえるのが、マンダレーヒルと呼ばれる、丘の上のお寺であるとのことで、そちらへ向かう。
マンダレーヒルは地元の人にとっても名所の様で沢山の観光客があふれていた。
頂上付近には、日本人の慰霊碑もあり、線香の押し売りにまんまとやられてしまった。 マンダレーヒルは頂上から待を見下ろせるが、ミャンマーって本当にお寺だらけだなと思った。
ヒルひと通りみて下山。ヒル周辺の見所的寺院を、運ちゃんに連れられるままに見て回る。
アジア圏の仏教寺院だけあって、どこも金ピカで、どこが何か忘れてしまうが、一つ一つがフォトジェニックである事よ。
その次は南の郊外に有る橋に向かう。 その途中、現地の人向けのレストランに連れて行ってもらった。 ここ、食べ放題で2000チャット。地元でも有名らしい。 それにしても注文しないのにガンガン持って来られ、義務感で頑張るもののそれぞれ一口づつしか食べられん。 こんなに残して良いんだろうかと言う不安のため、より飯が喉を通らなくなりそう。 食べた量より残した量の方が多く、食べただけでも2000チャット(200円)で良いんだろうかと、申し訳ない気持ちになってしまった。
食事後は、向かっている橋の近くの大きなお寺も訪問。 例によって、韓国人観光客に韓国人と間違えられて、韓国語で話しかけられるという、お約束のイベントも発生しながら、ひと通り見て回る。
本日最後のイベント、謎の橋に到着。
この橋はマンダレーに来る人はみな訪れる有名な橋らしい。でも、ガイドブック等にも見当たらないので、どういう言われのある橋かわからぬ。 サンセットが美しいと聞いたが、まだ日暮れまで時間が有る。
とりあえず長い橋なので、対岸まで歩き戻ってきた。途中うたた寝もしてしまったが、まだサンセットの時間にならず、疲れてしまったし、天気も曇ってるし、バイクを待たせているので、このあたりでもう帰ることにした。
橋の近くにはお店が色々出ている。 やっぱりミャンマーに来たからには、ロンジーと呼ばれるズボン代わりの腰巻きを滞在用に買おうと思っていたので、ここで一着購入し、宿に帰る。
宿で仮眠をして20時ごろ夜の散歩に出発。 宿の近くのレストランで、見繕った食事がなんか失敗で物足りない結果に。
その後ぐるりと街なかを歩いてみたが、ナイトマーケットの様なものもなく、普通に人気のない街なかという風情。 なんとなくタイのチェンマイの様なものを想像していたのだが、マンダレーの街自体の特徴は無い様子だった。
明日はフェリーの出発が早いので、22時頃に就寝する。
By 俺様 • 2014年 ミャンマー旅行日記 • 0
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8月 17 2014
2014年08月17日(日) マンダレー(泊)
■マンダレー基本情報
ミャンマーのほぼ中心に位置する古都。
1885年にイギスに占領されるまで、ミャンマー最後の王都として栄えた。
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早朝6:00、マンダレーに到着。
いつもの様に、今いる場所、バスターミナルが街のどのへんなのか一向にわからない。
この辺りはバイクタクシーが多い。
朝食を食べながら、バイクタクシーの運ちゃんの一人に話を色々聞き、とりあえずダウンタウンにあるの宿の目星をつけて乗って行く。
ホテルはガーデンホテルと言い、旧王宮のエリアのちょい西にあった。
フロントでバガン行きのフェリーチケットの手配もできた。明日の早朝出発のもので40USD。
とりあえずチェックインして休憩し、9:30に再スタート。
先ほどのバイクタクシーの運ちゃんをチャーター。
運ちゃんによると、マンダレーは旧王宮が有るがそれ自体も面白くなく、その他も見どころは少ないようだ。
まずは一番の見所といえるのが、マンダレーヒルと呼ばれる、丘の上のお寺であるとのことで、そちらへ向かう。
マンダレーヒルは地元の人にとっても名所の様で沢山の観光客があふれていた。
頂上付近には、日本人の慰霊碑もあり、線香の押し売りにまんまとやられてしまった。
マンダレーヒルは頂上から待を見下ろせるが、ミャンマーって本当にお寺だらけだなと思った。
ヒルひと通りみて下山。ヒル周辺の見所的寺院を、運ちゃんに連れられるままに見て回る。
アジア圏の仏教寺院だけあって、どこも金ピカで、どこが何か忘れてしまうが、一つ一つがフォトジェニックである事よ。
その次は南の郊外に有る橋に向かう。
その途中、現地の人向けのレストランに連れて行ってもらった。
ここ、食べ放題で2000チャット。地元でも有名らしい。
それにしても注文しないのにガンガン持って来られ、義務感で頑張るもののそれぞれ一口づつしか食べられん。
こんなに残して良いんだろうかと言う不安のため、より飯が喉を通らなくなりそう。
食べた量より残した量の方が多く、食べただけでも2000チャット(200円)で良いんだろうかと、申し訳ない気持ちになってしまった。
食事後は、向かっている橋の近くの大きなお寺も訪問。
例によって、韓国人観光客に韓国人と間違えられて、韓国語で話しかけられるという、お約束のイベントも発生しながら、ひと通り見て回る。
本日最後のイベント、謎の橋に到着。
この橋はマンダレーに来る人はみな訪れる有名な橋らしい。でも、ガイドブック等にも見当たらないので、どういう言われのある橋かわからぬ。
サンセットが美しいと聞いたが、まだ日暮れまで時間が有る。
とりあえず長い橋なので、対岸まで歩き戻ってきた。途中うたた寝もしてしまったが、まだサンセットの時間にならず、疲れてしまったし、天気も曇ってるし、バイクを待たせているので、このあたりでもう帰ることにした。
橋の近くにはお店が色々出ている。
やっぱりミャンマーに来たからには、ロンジーと呼ばれるズボン代わりの腰巻きを滞在用に買おうと思っていたので、ここで一着購入し、宿に帰る。
宿で仮眠をして20時ごろ夜の散歩に出発。
宿の近くのレストランで、見繕った食事がなんか失敗で物足りない結果に。
その後ぐるりと街なかを歩いてみたが、ナイトマーケットの様なものもなく、普通に人気のない街なかという風情。
なんとなくタイのチェンマイの様なものを想像していたのだが、マンダレーの街自体の特徴は無い様子だった。
明日はフェリーの出発が早いので、22時頃に就寝する。
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By 俺様 • 2014年 ミャンマー旅行日記 • 0