4月 29 2001
2001年4月29日(日) エレガントインド旅行(01):旅立ち
Tと海外旅行にでも行こうと言う計画自体は数年前からあったのだ。
当時奴は海外旅行の経験が無かったが、俺様は中国、ボストンと2度ほど外国に行っていたので羨ましがっており、
『外国に一人で行くのも不安なので一緒に来てくれ』
ってな感じでまとまった。
しかし、しばらくしてTは仕事の都合で上海に数ヶ月行く事になったので、帰国後も、『まあとりあえず外国は行ったから良いか』的気分になってしまったらしく、時はバクバク過ぎて行った。
ただ、外国に行く事自体の約定は有効なため、折に触れ『何処行くか決めたか?』みたいな会話が繰り返された。 俺様としては台湾に行きたいのだが、奴はどうも気が乗らないらしい。 なにより、『そのうち出張で1年間ほど行かなくてはならなくなる可能性がある』と言う事が大きいようだ。 んなら何処行きたいのか?と聞くと、『インド』と言う。 小説家の清水義範が何度かインドに行っており、そのエッセイか何かを読んで、前々から興味があったらしいのだ。
俺様は中国とボストンに行った経験から、
『先進国に行っても言葉が通じない以外日本にいるのと同じだ。おもしろい事はさしてない』
と言う考えが芽生えたので、インドなら良いか、と同意。
結局3年越しぐらいの計画が、ここに来てやっと固まった。 その間大学連中との飲みでも、折に触れ『インドあたりに旅行行くぜ』と言って、密かに参加者を募っていた。 インドだとなんか妙な事起こりそうで、そうなって恨まれたらイヤなので、積極的に誘うような事はせず自発的に参加する勇敢な若者を募ったのだ。 案の定インドには誰も興味はないらしい。 誰一人食いついて来ないので結局2人で行く事になる。
Tはインドの中でもタージ・マハールに異常な興味を示しており、
「ミーハーだと言われようがなんと言われようが、俺はタージ・マハールに行くのだ、絶対行くのだぁ!」
と張り切っている。 俺様はタージ・マハール自体何だかわからず、『タジマどうしているかな?』なんて小学校時代の友人お思い出すのみ。 とりあえずインドと言っても、カレーとターバンしかイメージがないのだ。
しかし予定のゴールデンウィークまでもう一ヶ月切っている。 仕事的にちと厳しいものが有ったので、手配を全てTに任せると、インターネットで、ジャパンネットワークツアー(株)と言うところのツアーを見つけてきた。 期間は4/29~5/3の5日だが、そのうち2日は移動に費やされてしまうのでちょっと短い。 しかし、Tの『4日にばあちゃんの白寿の祝いがあって、市長までもが家にくるので参加せねばならぬ』 と言う事と、俺様も仕事が忙しいタイミングだったので、この程度の日程は逆に都合が良いと言える。 それにインドはアクが強そうなので、そんくらいでよいだろうと決定。
申し込みをしてみると、やはりかなりギリギリで、手続きも緊急ビザ取得費用として、4000円ぐらい取られてしまう程で、なんか悔しいが仕方有るまい。
旅行一週間前になったが、詳細の連絡がない。 ちょっと前までは、Tから『蚊取り線香が必要らしい』とか、『通貨単位はルピーだ。ゼルダの伝説と一緒だ。』等と、ミクロでその上どうでもいい情報はもたらされていたが、『何処を観光するのか』といったマクロな情報が全くない。
しょうがないのでとりあえずガイドブックを買ってみる。 こうしてみるとインドのガイドブックは、他のオシャレな地方に比べて少ない気がするが、そのうちの一冊をチョイスし眺める。
う~む。 インドは広い。 どこを見て良いのかわからぬな。 とりあえず奴が知っている情報だけでも取りだそうと、Tに電話してみると、野郎はなんかヘベレケ。 出張先で飲んでいるらしい。 とりあえず大まかな話を教えろと言うと、
「そいつぁ、先ほど詳しくメールしたんで、そっちみてくれろれれれぇ えっへっへぇ」
みたいな事しか言っている事が分からないので、メールを確認。 すると、
「29日に成田AM10集合だって。」
と一行しか書いてなし。 これでは成田の集合すらも危ういと思われる。 あまり当てにできぬな。
次の日、Tから
「電話の履歴を見ると、昨日電話したような形跡があるのだが記憶にないのだが。」
と電話有り。 とりあえず詳細を聞くと、行き先などのスケジュールは、奴のすみかに何かしら届いているはずだが、自分も出張で家に帰ってないから知らないとか言ってる。 担当者に電話で直接聞いた所、行き先は、デリー、アグラー、ジャイプールと言う事だけはわかっているそうな。
「その3つはインドの有名な観光地帯で、スペシャルトライアングルだか、ゴールデントライアングルだか、デリシャストライアングルだか呼ばれているそうだぜ。」
とか言っているが、なんか野郎が勝手に名付けている疑いがぬぐえぬな。
とりあえずその3つの観光地を元にガイドブックを眺める。 そのほかいろいろ読んでいると、なんかTがちらほら言っていた事と全く同じ事が書いて有るぞ。 もしかしてTと同じガイドブックを買ってしまったかもしれん。 どうも奴とは嗜好が似通っているからな。
俺たちが観光する3カ所は、インドの北のほんの一部である。 地図で見るとあっけないほどチョビットなのだ。 しかし、インドは地図のイメージより実際は広い。 地図はメルカトル図法で描かれているのが多いため、北極や南極に行くほど図が拡大されるのだ。 インドは赤道付近にあるので、単純に地図上の日本と比較するより実際はでかいのだ。
正直俺様はあまり観光地とかには興味ない。 しかし、町の風景とかは写真に納めて起きたいところ。 デジカメはコンセントが合わない為、充電できまいので、普通のカメラと36枚撮りのフィルムを5個ぐらい用意しておく。 向こう行って使えないと非常に悔しい思いをしそうなので、試し撮りもしてみる。うむ、オッケー。 準備万端だ。
今まで二度の海外旅行を経験したが、ツアーは今回初めてだ。 どの程度のガイドがつくのだろうか? 他のツアー客とゾロゾロ移動するんだろうな。
他のツアー客の女性と素敵な出会いが有ったりなんかしちゃったりして!
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4月 29 2001
2001年4月29日(日) エレガントインド旅行(02):エアインディアで行こう
いよいよ出発。 スカイライナーで成田へ向かう。 スカイライナーは予約制なので、待ち合わせ時間の10時の15分前ぐらいに着くやつにのる。 どうせ飛行機は12時発だしギリギリでも問題ないだろう。
成田空港に着くと、チケットとビザ取得のために旅行会社に預けていたパスポートを受け取りにカウンターへ。
「おまえずいぶんギリギリに来るな。 焦ったよ。」
と、ホッとした表情のTと合流。 出発まで間があるのに心配性な奴だ。
ちょっと気になっていた、奴の持っているガイドブックを確認すると、やっぱり同じガイドブック持ってやがった!
『せっかくだから違う本を買えば情報も増えるのに』
と思ったが、Tもそう思っている表情でこっちをみている。 しかし、後々考えるとこれは丁度良かったのだ。 なんか調べるときも、『お、XXページにそれの事書いてあるぞ』とか言う事ができるので、それはそれで良かった。
俺様もTも国際線は久しぶりため、あっち行ったりこっち行ったと手こずりながら、なんとかエアインディアの搭乗券を手に入れる。 そしてする事無いので搭乗口に向かう事に。
Tはいつも金属探知で引っかかるらしいが、今回も例外なく引っかかる。 何度もゲートを追加してはいろんな所から金属を出しては外していく。 マジシャンのようだ。 結局ベルトだったらしい。 なんかしらんが金属部のでかいベルトをしているせいだな。
出発まで時間があるがダラダラ過ごす。 その間、俺たちの乗る飛行機の行き先にボンベイと書いてあるのを見て、
『うぉ!ボンベイって何処だよ!? デリーじゃねーの?』
とTが動揺していたが、位置的にデリーの南がボンベイなので途中下車と言う事だろうと納得したり、ガイドブックを読んだりと時間をつぶす。
12:00に近づき、やっとこ飛行機に乗る。 成田からインドのデリーまで飛行機は8時間ほど乗るのだ。 時差は3時間半なので、この飛行機はインドの時間で5時前につく事になる。 予定ではこの日は観光などは無く、ホテルにチェックインするだけだ。
しかし飛行機の席は狭い。 新幹線やまびこ号より狭いのに、やまびこ号の数倍の時間乗らなくてはならぬのだ。 エコノミー症候群になってしまいそうだよ。
周りを見渡すと日本人観光客は思ったよりは乗っている。 今インドは観光オフシーズンのハズだが、それなりにいるんだな。 この中に俺様たちと一緒に行動するひとたちもいるのだろう。 しかし、相変わらずツアーのイメージはつかめない。 Tと話し合った結果、
・ガイドは『コニチハー』とか言うのがギリギリのレベルに違いない。
・移動は専用車と書いてあるので、他のツアー客とバスで移動して、『はい着いた、はい写真取って、はい移動します』みたいな事を繰り返すに違いない。
・どうせインドなんかに来る女はいないので、出会いを求めるのは無理に違いない。
と言う辺りに、勝手に予想を落ち着ける。 どうなるのかは神のみぞ知る。
眠ったり、クロスワードしたり、ダベったりしながらひたすら暇な時間が過ぎるのを待つ。 Tの隣はインド人が座っているので、奴は一足先にインド気分に浸っているのかもしれぬ。
やっとこインドに到着。 機内で、
『現在インドの気温は40度です』
みたいな事を知らされる。 そんな温度でTはしらんが、デリケートな俺様が生きていけるのか不安でしょうがないぞ。
しかし、インドの空港内はなんだか寂れている。 今飛行機から降りてきた人以外は誰もいない模様。 営業中とは思えないのだが。
人の流れに任せ歩いていると、いよいよ入国審査の場所に到着。 その横に初インドトイレを発見。 インドではうんちした後に不浄の左手で直接拭いて、それを水道で洗うのだと言う事は有名だ。 微妙にもよおしていたので、場合によっては使用するかと思いながら覗いてみる。 うーむ、話は本当だったな。 普通の和式便所の左後方に左手を洗うための水道とオケがある。 あまり違和感は感じないな。 しかし荷物も多いので、とりあえず勘弁しておこう。
そんな事より入国審査である。 すっかり忘れていたが、こんなのあるんだよな。 何語で話せば良いのだろうか? しょうがないので先にTを投入して様子をみる。 すると、
「なますてぇー」(こんにちは)
とか言ってやがる!
『お前それしか知らないのにヒンドゥー語で行く気かよ!?』
と勇気に感服しながらも、
「とりあえず英語は通じるだろうから、俺はサイトシーングで押し切ろう」
と心に決める。 すると別の方から呼ばれたのでそっちへ向かう。 これがインド人と初コンタクトだな。
『インド人め、いきなりヨガファイヤーとか吐かないだろうな』
と警戒しながら近づき、パスポートを渡す。
「ハロー」
と無愛想にはなすインド人。 ぬ、しょうがないので「ハロー」と応答。 すると、
「ハウアーユー」
と無愛想にはなすインド人。 なに? 会話続ける気かよ! 「ファイン、サンキュー」と応答。 これ以上会話を展開させたくないので、学校で習った『アンド、ユー?』は絶対言わないように気をつける。 特に彼の気分に興味など無いし。
その後、パスポートを見たり俺様をギロギロ見たりしていたが、しばらくして行ってよしとの事。 結局特に何も話さなかったな。
ちょっと行くと銀行がある。 銀行の他にも同じ雰囲気の窓口があるが、何に使用するのか不明。 おそらくタクシーを呼ぶ為の物っぽいがこれらは無視。
とりあえず英語は通じるので、がんばって英語で話す。 昔はこの空港内にある国がやっている銀行でも、お金をチョロまかす行員がいたらしいが、この行員は『確認しな』とかわざわざ言ってきた。 しかし態度は優しくなく、全て投げやりなのだ。
まあ、やっとルピーも手に入れ、これで必要なアイテムは全てそろった!
約束ではここから出る出口に、旅行会社の現地ガイドが迎えに来ているはずだ。 入国審査もビリの方だし、銀行で手間取ってしまったがちゃんと待っていてくれるのだろうか? それ以前にこのツアーは本当に大丈夫なのか?
『インチキだったりしないだろうな?』と言う疑いもいまだぬぐえぬまま出口へ向かうのだ!
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By 俺様 • 2001年 エレガントインド旅行 • 0